neneisan’s blog

紆余曲折を経てマーケティングの仕事をしている、40歳手前の会社員。ふつーのロスジェネ世代の日常。

繰り返す

カフェで。取りとめのない話。

20代後半と思われる女性3人が入ってきて喋り始めた。話題は、結婚とその後のことについて。「結婚したら家に入りたいんだよね」「仕事続けるのはちょっと・・・」「しばらく2人で楽しんでから子ども」とかいう話。全く珍しくない話だが、20代後半の女性ってリアルにこんな感じなんだなー、と新鮮だった。店自体、割と単価が高い店なので、それなりに収入もあるんだろう。

先日、20代後半の職場の女性後輩とおせちの話をしていたら、「作らないんですね」と不思議そうに言われた。まあ確かに、同世代の女友達は専業・兼業問わずやってる人多いけど。おせちって、手間がかかるわりにおいしく作るのは難しいし、お義母さんの作ったのがちゃんとおいしいし(満足!)。それより何より、年末29日まで仕事やのにできるかいな、というのが本音。うちの母なんかもクリスマス頃からずーっと台所に居たイメージ。うまく作れる人、時間が取れる人がやればいいじゃん。料理含め家事は基本的なことはできるけど、誰かのために料理の腕を披露する気はありません・・・。そもそも、夫に勝てる気がしないし。やらない理由をこれだけ並べて開き直り。その代わり稼ぎます(これで許して)。

30代後半の私から見たら、20代女子なかなか“昭和っぽい”です。この話を知人にしたら「時代は繰り返すからね、今の50代が言うようなこと、30年後に言うようになるんじゃない?」と。女性活躍とか世の中では言われているけど、こうやって眺めてみると、社会で活躍したい人と家庭で活躍したい人といるよね。それを選べる時代になるってことか。私、ほんとに昔に生まれなくてよかった・・・(汗)

もちろん、私が見聞きしたのはほんの僅かなサンプルなので、世の中全てがこうではないだろうけど、軽いジェネレーションギャップ。

身につける

再び、思い出話+α。

先日書いた通り、社会人になる前は大学で研究室に篭っていた(その前は学業をほとんどしていなかった)。社会人になってよく訪ねられる「大学の専攻は?」の答えは「物理化学」。普通に考えたら、この分野のことは他の人より詳しいはずだし、語れるはずなのだが実際は全然語れない。

常に新しいことを手探りでやっている(会社がさせてくれている)というのもあるけど、社会人15年目になっても「絶対こう」と言えることが少ない。マーケティングなんて正解ないし。それより「文章が読みやすい」「字がきれい」とか言ってもらえる。確かに嬉しいが、よく考えたら私の努力よりも功績はうちの母。小学生の頃から、つきっきりで文章の書き方や字の書き方を教えたのは母だった。正直言うと、当時の私は面倒くさいと思っていたはず・・・。面倒くさがる娘をものともせず、時にはシバきながら「絶対に身につけさせてやる」とやっていた母もやるなあ(笑)と。


振り返ると音楽に関しても同じ。10歳以降は本当にピアノの練習が面倒だった。毎日30分~1時間はピアノの前に座り、週1回のレッスンのためにおさらい、おさらい・・・。これは飽きっぽい私にはつらかった。ただ、ここで叩き込まれた音楽に関する基本的なことは、今でも役に立っているので(物心つく前からピアノに触れていなければ、楽器の世界に入ることはなかっただろうし)これも母の功績。サラリーマンになって思うのは、父の収入を消費して(母はほとんど専業主婦だった)娘にあれこれ色々なことを教え込んでいたのだなあと思う。大したもんだ(他人事か!)。

結局、今自分が誰かより誇れるのは、大学時代にしてきたことではなく、もっと小さい頃の習慣や学び。自分の努力じゃないのが少し情けない。

晩秋が苦手

去年、冬が苦手という記事を書いた。相変わらず冬は苦手。早く日が落ちるのも気分的に救われない感じがするし、私の場合は夏より明らかに体調がよくない。

何とかやり過ごすしかないのだが、毎年11月はどんよりとした気分になる。トラウマ的な出来事があって鬱になりかけたのも11月だった。

そんなわけで、今年は11月にいろいろと予定を入れてみた。行ってみたかったコンサートに行ったり、新しいことに取り組んだり。結果、去年より少しましだったかな?気が紛れたような。こんな起伏をしていたら、更年期になったら大変だろなー、と思いつつ。

研究室の話

理系大学生に向けて研究室の選び方を解説!直接訪問でブラック研究室を避けましょう。 - なぎぶろ

とても懐かしくなったので。自分の思い出話。

サークルではなく“部活”を本気になってやっていた私は、3回生までほとんど勉強らしい勉強をしていなかった。何となくテストには行っていたけど、教科書はほとんど新品。単位もギリギリ足りないくらい。入学時とは打って変わって、「まずは卒業して就職すること」という低めの目標に変わっていたから、こだわりなく「先生が気さくそうだから」という理由で研究室を決めて入った。大学院に行くかどうかも、あまり考えていなかった。「好きな科目が勉強できるならいいか」くらいの気持ちで。

その時、私が何よりもドン引きしたのは、研究室に入るにあたって女子どうしがとても揉めたことだ。人気の高い研究室は定員以上に希望があって、女子どうしがいがみ合った。このことで、女性の多い職場には絶対就職したくない、という変な価値観ができてしまった。無駄に悪口を言い合って険悪なムードになったが、部活ばかりしていた私は、悪口も言われなかった代わり、相手にされていなかったのか、クラスメイトの話にも出なかったようだった。それでも、部活に熱中することの方が、その時の私には大事なことだった。

いよいよ研究室を決める段階になり「希望を聞いたうえで成績順」と言われ愕然としたが、そもそも4回生になれなさそうな私に「なれなくても研究室での生活は楽しいし、ぼんやりしていたら時間がもったいない。席はあるから毎日来なさい。」と教授が言ってくれた。大学生活は勉強だけじゃない、という教授・助手だったので、食事や普段の会話も結構大事にしていた気がする。「よく学び、よく遊べ」を地でいく先生だった。

結局、一発で4年には上がれず、研究室には2年在籍した。教授はもう定年前で、ガツガツしていなかったが、地位はあるので予算もあり、研究室は広く、結果的に選択した内容としてはそこそこ正解だったような気がする。小さな大学にしては、教授+助手+院生+4回生ときちんと揃っていたし、輪読などのシステムもきちんと考えられていて、今から思うと「小さな会社」みたいだった。毎日同じ時間に出てきて、実験、実験・・・飽きっぽくて非日常が好きな私には最初はつらかった。なんでこんな同じことの繰り返しなんだ、と。でも、続けないと見えてこないものもたくさんあるんだ、ということを知った。仲間もそれなりにできた。ここでの経験は、社会人になってからとても役立った。研究室生活がなければ、会社員になるということのハードルがもっと高かったのではないかと思う。部活を引退してからは自分なりに勉強した。サボってきた分を取り戻すべく・・・。


「やればできるんだから、やりなさい」と言ってくれた当時の先生方には感謝している。いわゆる「進学校の落ちこぼれ」だった私は、高校の先生には一切相手にされていなかった。テストの点が平均の半分でも何も言われない代わり、相手にもされなかったが大学の先生は本気で怒ってもくれた。「国公立の大学の先生なんて、安い学費で教えてるんだから学生がどうなっても興味ないでしょ、自分の研究より大事なものはないんでしょ」と当時の私は思っていたが、想像以上に親切にしてくれたし、進路相談に乗ってくれたり、励ましてもくれた。だから、学校を辞めずにすんだ。

そんなわけで、なんの実績も残していない私は、母校にあまり迷惑をかけたくなかった。自分の特性もよくわかった。「推薦書こうか」と言った教授の打診を断り、ITに強かった助手の先生に相談し、SEになろうと自由応募で就活をして今の会社に入った。あれから15年か~、と思ったので記録しておく。

自分にないもの

最近、人なつっこい人が身の回りに何人か居る。どちらかと言うと無愛想、必要なければ喋らない人間なので、人なつっこい人が話しかけてくると驚きもするし、この人なつっこさは自分にないものだなとも思う。

 

でも、人と接したくないとかではないので、話しかけられれば話すし、愛想よくしようと努力もする。夫に言わせると、それでも無愛想らしいけど・・・

 

パーソナルスペースというのがあるが、おそらくこれを超えて来る人が、私を驚かせるのだと思う。不快ではまったくないけど、私なら近寄らない距離だから。驚くというより、(男女関係なく)どきどきしてしまう、という感じ。

 

無愛想なのは、長い一人暮らしと一人っ子人生のせいか。子どものころから無愛想。「女のくせに無愛想」とはよく言われた。でも、女の子女の子しないように育てられたのも事実。40歳手前まできて、今から愛想よくできるかな・・・。

高齢ドライバーのはなし

高齢ドライバーが事故を起こしているけれど車が無いと生活できない高齢者もいるということ - ネットの海の渚にて


うちも例外ではなく、親は高齢になってきているが同居はしていない。しかも、うちの母・祖母はかなり田舎に住んでいる。交通手段はバスのみ。母は免許も持っていたが、乗るのが怖いらしく(田舎は運転が荒い・・・とはよく言われる話)、60代だが更新しなかった。時間に追われている生活ではないから、何とかバスを使って生活してほしい。そして、バスだけはなくならないでほしい。

生活必需品は、ネットか生協で買う。おそらく、近所のスーパーで買うより少し高いし、待たなければならないが届けてくれる。軽いものは、病院にいくついでに自分で買ってくる。これで何とかやっている。この生活を続けるためには、金銭的な余裕も必要だし、近くなら歩いていける、という足の健康さも必要。いつまでこの生活を続けてくれるか・・・。都会に住んでいる私にとっては、そんなぎりぎりの状態。

でも、歩けるうちは、もうこれでいいんじゃないかと思っている。人様を巻き込んで事故でもあった日には、死んでも死に切れない。

自分も都会に出て働くことを選んでしまったので、偉そうなことは言えないが、もっと色々な世代の人が分散して生きてないと、生活が成り立たなくなるのかもしれないと思った。

権利と義務

結婚をする人の気持ちがわからない。


この記事を読んだ。そうだろうね。私も結婚するまでわからなかった・・・というか、あっという間に結婚することになったから、結婚前に結婚することの意味やメリット・デメリットを考えきれてはいなかった。結婚には色々な側面があるが、今回は1つだけ。

実際、結婚してみて・・・生活は全く変わらず(一人暮らしから家を引っ越したくらい)、仕事は同じ分量、収入もほぼ同じ。何かにつけて議論をすることが増え、今まで「まーいっか」で済ませていたことを、自分なりに深く考えるようになった。夫は理詰めタイプなので、きちんと説明できないことは通っていかない。私も納得できないことは譲らない。お互いわがままながら、それなりに尊重して落としどころを探しながらやっている。夫はともかく、私は今でも「よく結婚できたな」と思っているし、周りの人にも言われる。それくらい「自由人」なんだと思う。

だったら同棲で、嫌になったら出て行けばいいじゃないか、とも思うが、そうでもないなと思う出来事が身近に起こった。知り合いの配偶者が(意識不明レベルの)病気。こうなると、医者が最初に大事なことを話すのは、まずは配偶者。親はその次。大事な決定や役所での手続きなども配偶者なら話が通っていく。籍の入っていない他人ならどうか?「自分の大事な人が大変なことになっている」状況だけで、十分精神的にやられるのに、そんな中で色々なことを決め、進めていかねばならない。いざという時に籍を入れていることが効いてくるんだ、と感じた。権利と義務、という言葉を思い出した。

万が一のことがなければそれでいいけど、「絶対何もない」とは言い切れないのが人生。「籍を入れる」というのは、緊急時に、相手のために全力で何かをしてあげられるように、権利を得るという側面もあるんじゃないだろうか。ちなみに、うちは結婚式・披露宴・パーティの類は全くしていない。親同士と集まってランチ会をしただけ。愛は、親族、友人、神・・・誰にも誓ってない。


“結婚をする人の気持ちがわからない”人は、自分の大事な人に何かあった時に、自分が「何をしたいか」「何ができるか」を考えてみるといいかもしれない。考えてみると、その人の大事さやその人への気持ちが(良くも悪くも)わかるかもしれない。