neneisan’s blog

紆余曲折を経てマーケティングの仕事をしている、40歳手前の会社員。ふつーのロスジェネ世代の日常。

読むと書く

小学校に英語科目ができるとか、高校の世界史が変わるとかいうニュースを読んだ。私も小学生の頃に英会話を習った(習わされた?)が、全く身につかなかった上に、英語嫌いになった。それで受験で苦労した。受験英語と日常会話、って話が良く出るが、それ以前の問題。どんな科目でもそうだけど、英語って教える人が大事だと思う。今の小学校の先生が教えられるのか疑問・・・。専門の先生がやるのかな。

 

それより何より、私は、英語をやるより前に日本語をきちんとやった方がいいのでは?と思う。世界での競争力という意味で英語が必要なのもわかるが、英語圏との取引は今のところないし、会社に居て周りを見渡すと、まず正しい日本語が使えない(話せない・書けない)大人は多い。過度にこだわりすぎるのはよくないと思うが、謙譲語と尊敬語の混同、二重敬語、助詞の使い方・・・国語で習うはずのことができない人をよく見かける。「~していただき、~させていただきますので、~させていただけますでしょうか」とか「(自社の人間に)お伝えさせていただきます」なんて当たり前。それなりに難易度の高い筆記試験を通った人間でも、名前の知れた大学を出ている人でも居る。中には「通じればいい」という人もいると思うが、年配の人や上の立場の人を相手に仕事をする時には必要だろう。信用度が変わってくるし、ルールに則った日本語を話すことで、伝わりやすさも変わってくるはず、と思っている。

 

毎回訂正するのは非常に面倒だ。後輩には、できるだけ自分で気づくようになってもらいたいが、なかなかこれまでの積み重ねを崩すのは難しいし、変な癖も直らない。ここで最初の話に戻るのだが、やっぱり小学生(もっと前から?)からの習慣づけは大事なので、学校でもっと「読む・書く」をやった方がいいのではないか。「主人公の気持ちを考える」のも大事だが、答えが一つしかないのはおかしいし、大人になったらもっと突拍子もないことを考えている人に出会うので、感受性さえしっかりしていればそのうち気がつく。そんなことより、技術的な「読む・書く」はどんな人にも必要な能力だし、訓練しないとできるようにならないので、もっと重視されてもいいのに、と思う今日この頃。