neneisan’s blog

紆余曲折を経てマーケティングの仕事をしている、40歳手前の会社員。ふつーのロスジェネ世代の日常。

どうしたらいいかわからなかった話

音楽をやる某団体(30人くらい)に所属している。もちろんアマチュアだし趣味の範疇だが、日曜に集まってプロに指導料を払って指導してもらっている。そこへ最近入ってきたのが20代社会人女性C子。パート(=小グループ)ごとにリーダーと構成員がおり、リーダーは自分も演奏をしながら小グループ内全体に目を配る、という中間管理職的な役割を担っている。私の所属しているパートは、半年ほど前にリーダーが退団し、私が急遽リーダーを引き受けることになった。

 

そんな立場もあり、C子のフォローをすることになった。実はコンサートが間近に迫っており、C子は少しブランクもあるので、コンサートが終わってからの合流でいいんじゃないかと思っていたのだが、団の代表が「どうしても」と言うので、代表の顔を立てることにし、これまで練習してきている他のメンバーと何とか一緒にできるよう私がフォローする、ということになった。

 

とは言え普段は「社会人の団体だし、皆ある程度経験のある人ばかりなので、基本的には各自で練習して」とお願いしている。もちろん趣味の範疇だが、1構成員である以上、ある程度の責任はある。地域から支援してもらったりしているので、きちんとした成果を残す必要もある。練習の方法や場所は各自にお任せで、できないところは自分の責任ですよ、というスタイル。どうしてもパートで合わせないといけないときだけ、集まって練習するという感じ。私自身、個人の練習までフォローするつもりはないし、自分が他人からとやかく言われるのは嫌なので、そういう方針でやらせてもらっている。事前に皆理解してくれたし、構成員の皆がこの方針を気に入らないなら、私はいつでもリーダーを誰かに代わってもらうつもりでいる。が、今のところ誰も何も言ってこないし、この方法でそれなりに成果も出てきていると感じる。

 

これまで、特に問題はなかった。これまでは。それが、今回この話をC子にしたところ「こんなのできません」と大泣き。いろいろ話を聞いていくと「仕事が忙しくて時間が取れないし」「練習する場所も近くにないし」などなど。「じゃぁやめときますか?」→無言で泣く。どうしたらいいかわからない・・・。

 

うちの構成員は、不定休、保育園児がいる、家が遠い、仕事が超多忙etc.・・・皆、それぞれ制約を抱えているが、できることを模索してやっている。人間には1日24時間しか与えられていないのだから、その24時間をどう上手く使うのか?を考えて取り組むのが大人なんじゃないのか。そこも楽しめてはじめて「趣味」でしょう。私はC子の個人練習の時間管理や中身にまで、フォローを入れないといけないのか。彼女が私に何を求めているのかわからなくなり、その場から帰ろうかとも思ったが、とりあえず「私は立場上、練習しなくていいとか、50%の完成度でいいとかは言えない。だからやってもらうしかない」と言ってみた。無反応。泣く。おそらくこの話は平行線なんだろう。

 

結局、「できるかできないかも大事だけど、限られた時間の中でやれることを工夫することも大事なんじゃないの?」という方向に話を持って行き、無理やり話を終わらせた。できないなら辞退すればいい話だし、なぜ他人の趣味の範囲のことまで、こちらが口出ししないといけないのか、私のその時間は誰が保証してくれるんだ、という気持ちになった。私は他人のフォローをするためにこの団に所属しているわけではない。

 

この話をある人にしたところ「人生に残されている時間が違うからだよ」と言われた。確かに、私は彼女より15歳くらい長く生きている分、人生に残されている時間は短い。だから、やりたいことを精一杯やりたいし、自分が価値を感じられないことは極力やりたくないと思っている。そして「最近は“ 総中流”でもなくなったんだよ」とも言われた。みんな、ある程度の処理能力、理解能力があって、何となくでも物事が前に進んでいく・・・という世の中ではもうないんだとのこと。人間力、学力、経済力・・・そういうものの格差がひろがり、同じ話をしても分かる人と分からない人と格差ができてしまっているのだろうと思った。

 

泣くのは卑怯だ。どうしても泣かせた方に対して「何したの?」という流れになる。フェアじゃないと思う。その“フェアじゃない感”にとてもストレスがたまった。今後、C子とはどうやっていけばいいのか、わからなくなってしまった。

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